可愛いあなた

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 好きだと告げられるのなら、それが一番いいのだろう。
 ぼんやりと奈々子は思いながら、向かいに座った、間の抜けた顔でパフェを突付く男を見やる。そうしてひとつ、溜息を零す。「ん?」と、男が顔を上げた。
「何? ナナコ。具合悪い?」
 首を傾げられて、奈々子はゆるゆると首を振った。「別に」
「別にって割になんか、なんつーの? お疲れっぽい」
「ほんとに何でもないよ。……そのパフェ見てるだけで胸焼け起こしそうなだけ」
 そういう奈々子の前にはコーヒーがひとつ。頼むだけ頼んだものの、飲む気にならず放ったからされたそれは、すっかり冷めてしまって湯気さえ出ない。
「うまいのに」
 男はしみじみと言って、またパフェに取り組み始める。
 甘ったるいクリームのにおい。店内に広がる、バターのかおり。そういったものが大好きな男は嬉しそうな顔をしてアイスを頬張っている。奈々子は本当に疲れているわけでもないのに、疲れたような心地になってしまい、嘆息した。
「んん、ナナコさん」
「なに」
 男の頭のふわふわ茶色いねこっ毛が、ぴょこりと跳ねている。可愛いな、と思いながら奈々子は手を伸ばし、直してやる。「お、ありがとう」
「どういたしまして。んで、なに?」
「溜息吐いてるし、さっきちらりと眉間にシワが」
 奈々子が思わず顔に手をやると、もう消えたけど、と付け足された。
「ナナコって、甘いもの駄目?」
「駄目。ほんとに駄目」
 上目遣いに訊ねられて、きっぱりと奈々子は応えた。きっぱりしすぎた、と気づいたのは応えたすぐ後だ。慌てて付け加える。「食べるのはね。別に、付き合うのは構わない」
 「ほんと?」男は疑わしげに首を傾げる。奈々子はこくこくと頷き、パフェを食べるように促した。
「いや無理につき合わせてるなら、悪いと思ってさ」
「好きで付き合ってるんだよ。気にしないで。……ほら、アイス溶けるよ」
 ああそうだった。なんて言って、男は再び真剣にスプーンを握る。
 奈々子はコーヒーのそばに添えられたミルクを手持ち無沙汰にいじりながら、今度は溜息の衝動をどうにか堪えた。
 好きで付き合ってる、なんて。本当は好きだから付き合ってるんだと言いたいのに。
 パフェを食べる男を眺めやる。茶色いねこっ毛。大きい目も色素が薄めで、色白さも相俟って、実に可愛らしい。言ったらきっと彼は男なのにと怒るだろう、と分かっているので言わないが、奈々子だって言いたい。男なのに、何故そんなに可愛らしいのかと。
 並んで立てば、奈々子のほうが三センチほど高い。たかが三センチ。されど三センチ。なんにせよ、三センチ、奈々子のほうが背が高いのは事実。その上筋肉の問題か、彼のほうがほっそりして見えるのだ。
 奈々子は舌打ちさえしたい気持ちになる。何で自分より可愛らしい男を好きになったりするのだろう。
「んんん、ナナコさん」
 スプーンをくわえた男がとん、と眉間を示す。「シワ」
 はっとして眉間を撫でる。寄っていた分をフォローするわけでもなく、ぐいぐいと押した。
「もう寄ってないよ」
 にっこりと男は笑う。奈々子は眉間にやった手で顔を隠すようにして、頷いた。「うん、」
「うん……ありがとう」
 どういたしましてー。なんて言って、男は更ににこりと笑う。奈々子は心持ち、俯いてしまう。頬が、どんどん熱くなってくる。
 悔しいけれど、やっぱり好きなのだと、こんなときに痛感させられてしまう。男がナナコと呼ぶ響きも、奈々子の眉間に寄ったシワを注意してくるしぐさも、にっこり笑うその顔も。
 好きだと、言ってしまえればそれが一番いいのだとやっぱり思うのだけれど。
「どうかした? ナナコ」
 顔を隠そうとしてとはいえ、気づけば、すっかり俯いてしまった。奈々子は慌てて顔を上げる。
「う、ううん。別に」
「そう?」
「うん。えっと、ほら、私すぐ眉間にシワ寄せちゃって駄目だなーって思って」
 奈々子は誤魔化すように言い、胸の前で手を振った。
「そうか?」
「そうでしょ。いつもあんたが注意するんじゃない」
 「注意って言うか」パフェを食べ終わった男は、スプーンをグラスの中にほおった。
「ナナコの笑った顔、好きなんだよね俺」
 何気なく放たれたのだろう言葉に、奈々子は驚いてしまい、知らずミルクを落としてしまう。その様子に、男は一瞬目を見開いて、笑った。
「眉間にシワ寄せてるのも、実は好きだけどね」
 茶色いねこっ毛を揺らして、男はなんとも可愛らしく笑う。
 なんて憎ったらしい。奈々子は口をへの字に曲げる。
 それでも男が奈々子の好きな笑顔を見せるものだから、顔が赤くなるのを止められそうになかった。

end

2006.10.15




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