見えないふたり

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  あの視線に気づいたのはいつだっただろう。一朗はふっと、引っ張られるようにして思う。そこにはいつでも、小さな女の子がひとり。雨宮さくら。
 なんてことはない、ただのフツーの女の子だ。身長が低くて、いつも木陰のベンチに腰を下ろしている。一朗が思い浮かべるのは、そんなイメージ。
 上村一朗がさくらに初めて出会ったのは、中学二年の夏だった。



「何見てんの?」
 急に問われて一朗はくわえていたコロッケパンを落としそうになる。コロッケがはみ出そうになるのを必死で押さえ、再びかぶりつく。向かいで昼食を食べている有馬崇を睨み付けた。
「別に何も見てねえよ」
「嘘つけ」
 崇はにやにや笑う。「雨宮さくら」
「雨宮が何だよ」
「あいつだろ、見てたの」
「だから見てねえっ」
 一朗は机を叩く勢いで否定する。頬が熱い気がして、ごしごしと擦る。そうすれば何かを誤魔化せるというように。
 崇ははいはい、と取り合わずに背もたれに寄り掛かる。口には残り三分の一ほどの焼そばパン。
「いーねえ青春だねえ。好きなの?」
「ばっ」
「好きなら付き合っちゃえばいいんじゃない?」
「そんなんじゃねえよバカ!」
 顔をにやつかせる崇が憎たらしい。一朗はその脛を蹴飛ばした。さすがに崇の笑みが消える。
「いってえなあ!」
「バカなことばっか言ってっからだこのバカ」
 言い捨てると一朗は残りのパンを口に詰め込んだ。むくむく言いながら咀嚼し、牛乳パックを手に取る。
 崇は溜息を吐く。
「全くおまえはよー……」
「何だよ」
「そんなんじゃカノジョとかできないよ?」
 一瞬、一朗は言葉に詰まる。けれどすぐに「別にいらねえし」と牛乳を一気に啜った。
「えー」
「何が『えー』だ」
 可愛い子ぶんな。一朗は呆れて崇を見やった。そうして少し驚く。意外にも、崇は真剣な顔をしてした。
「じゃあ相談があるんだけど」
「何だよ改まって」
 にやつかない崇を見るのも珍しい。一朗はたじろぐ。
「俺、雨宮のこと好きなんだよね」


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